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外資主導による3社合併、 ある朝突然、冷徹非情のリストラ勧告?! 着々と進んでいた合併構想が、結局なかったことに!

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合併ご破産の影響が・・・

 

私が勤務していたA生命保険は親会社の意向と経営効率化のため、2009年1月を目標に同じ外資系グループ内のB生命保険と対等合併して新しい会社として生まれ変わる予定でした。

 

同じグループとはいえ、双方とも元は日本社で中堅生保のライバル会社同士であり、トップの方針も企業風土も違います。

 

約2年に及ぶ準備期間を設けて人事交流をさかんに行って「和」の醸成を図り、相対組織同士の合同会議、各部門での調整作業が行われていました。

 

われわれ一般支社勤務の人間は「合併準備も整って、そろそろプレスリリース秒読みか?」と考えていました。

 

しかしお互いがどうしても譲らなかったのが「システムはどちらの会社のものを選択するか?」という点でした。

 

2年かけて合併準備してきたものの、結局その一点で破談になりました。確かにこれまでの他社や他業界の合併劇を振り返るとシステムの主導権を握った会社が他方を飲み込み、人事をも牛耳る縮図がありました。

 

個人的にはどちらのシステムを使おうが、2社だけの対等合併であれば私にも職務があり、後に述べるむごいリストラされることはなかったと思います。

 

黒船到来?新たな合併劇!

2社合併が破談になり、これで今まで通り仕事ができると少し安心していました。しかしアメリカの親会社がサブプライムローン問題の影響で経営危機に陥り、経営再建策の1つとして、日本の生命保険事業3社(A社、B社、C社)を売却することをプレス発表しました。

 

プレス発表後すぐに、当時勢いがあったC社は早々に別の外資が購入しました。その結果A社・B社は売れ残ってしまいました。

 

そのような混乱に乗じたのが、J生命保険です。その親会社である米P社の財力でJ社を存続会社として私のA社とB社を飲み込んで3社合併です。その結果A社の社員は、40才未満の若手、「余人をもって代えがたい」40才以上の管理職とアクチユアリー以外は全員リストラ候補となりました。

 

同じ支社に勤務する先輩社員・事務員もほとんどが候補になりました。

 

勤務先生保から会社合併を理由に問答無用のリストラ宣告!

私は当時A生命保険会社の営業所長として日々奮闘していました。

 

お盆休み明けに支社への呼びだしがあり、上司との面談がありました。若手を除く同僚も数人順番に呼ばれました。

 

「J社との合併が決定し、次の会社に○○さん(私)の席はありません。12月末で早期退職していただきます。」と突然言い渡されました。私は断る意思を伝えましたが、私に選択権はなく一方的な通告でした。

 

今思えば、夏休み前に全社通達「早期退職制度案内」で、割り増し退職金の金額を人事に問い合わせていたことで「辞めてもよいと思っている社員」のレッテルを張られたのかもしれません。

 

通告されたその夜、妻と娘にどう伝えようか?しかし「断る」と返事したところで無駄な抵抗のように思う。家族に猛反対されたら、「冗談じゃない。まさかOKしてないでしょうね!」と妻が激怒し、娘たちが泣き出したら?・・いろんなことに思いを巡らせながら帰宅しました。

 

夕食後、娘二人が自分の部屋に戻ったタイミングで妻に話したところ、意外にも「割り増しもらえるなら仕方無いよ。そのお金でローン繰上げ返済するわ。そのかわり娘二人には内緒にするから絶対言わないで!」とあっさりした返答で、相談にもなりませんでした。

 

回答期限の金曜日、上司と面談し「やむなくリストラを受け入れることにします。ただし在職中から転職活動をスタートしたいので配慮してほしい。」との要望を伝え、了承を得ました。

 

しかし結局在職期限の12月末までに転職は決まらず、翌年1/4から「終わりの見えない転職活動」が始まりました。



お正月明けすぐでしたが、家にいると娘二人に怪しまれてばれてしまうので、私はこれまで通り毎日7:30に行く宛ても無く自宅を出ていました。

 

ハローワーク、人材銀行や登録したパソナキャリアも9時オープンでした。私は自宅から自転車で最寄り駅近くのマクドナルドの2F席でモーニングを食べながら、「今日は最初にどこに行くのか?」(ハローワーク、人材銀行やパソナキャリアの3択)考えました。



2F席で書きかけの履歴書・職務経歴書に追記作業、SPI問題集に取り組みました。



その後、朝のラッシュアワーが終わりかけの8時45分くらいの電車に乗り、上記3箇所のいずれかに向かいました。



ただ、たいていはゆっくり作業できるパソナキャリアN支店で、ゆっくり無料コーヒーを飲みながら検索PCを眺めることが多かったと思います。



これまで転職は経験していますが、すべて在職中に次の就職先を決めていました。



人生で初めての無職生活は精神的にも、金銭的にも厳しいものでした。

 

 

電車内で知り合いにあったらどうしよう?近所の人の目は?等なにか犯罪者のようにびくびく生活していました。



会社都合退職のため、ハローワークの失業手当は待機期間3ケ月なしに給付されていました。

 

ただし昨年までもらっていた給与の半分以下です。そして意外に負担になったのが、毎日のマクドナルド代、各地域のハローワーク、各地域の人材銀行、パソナキャリアに出向く交通費、就職面接に向かう交通費でした。



会社員時代はずっと定期代や移動交通費は経費精算していましたので、そのありがたみを実感しました。

 

さらに追い打ちをかけたのが、前年所得に対する税金です。これまで毎月給与天引きされていた税金は、退職金分も上乗せ、一括支払いのため送付されてきた金額を見て啞然としたと同時に笑ってしまいました。



市役所に対して、国民健康保険と国民年金はリストラによる免除申請をして0円だったものの、税金はまったなしでした。



このような思いを抱えながらも、娘たちに気づかれないように毎日スーツに身を包み会社に行くふりをする生活が続きました。



40ページに及ぶ早期退職者リストに愕然!

退職翌年3月に若手の元同僚と会う機会があり、社外秘ではありますが、12月31日付け早期退職者の辞令コピーを見せてもらいました。

 

そこには、これまでの転勤先各地でお世話になった営業所長、事務員、支社スタッフや本社にいる先輩・同期など、「え、こんなに?この人も?」と思うほどA4タテ40ページにも及んでいました。

 

あまりの人数の多さに愕然とし、ショックだったと同時に「今回の合併・リストラがいかに大規模であるかを実感しました。

 

一方自分よりはるかに優秀で実績を残していた人も多く、「この人がなっているなら、自分がリストラ対象に選ばれても仕方ない。」と納得してしまいました。

 

まとめ

同じ支社にいてリストラ対象となった先輩たちの就職先は様々です。

 

ハローワーク窓口社員、マンション管理人、A社時代の人脈で関連子会社に滑り込み就職、知識を生かして国税庁の出先機関、退職金で悠々自適のずっと無職者などさまざまです。

 

私自身は結局失業保険が切れる直前に再就職することができ、無職生活に終止符を打つことができました。



50才超え途中入社のためまともな研修もなく、すべてOJTです。



ただこれ以上の転職や無職生活はこりごりなので、知識不足や経験不足でうまく業務をこなせず、社風や人間関係に落ち込むこともありますが、今のところ辞めることなく頑張っています。



本当に、「人生いろいろ」を経験させられた1年でした。

 

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