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不本意なリストラから3年。私が出会った転職は天職!

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  • まさかのリストラ

2012年、夏。

 

私の人生で最大の転機があった年。一生忘れることができない青天の霹靂がありました。

 

私は建設関連の業務、地質調査というちょっと珍しい業態の会社で経理兼営業と二足のわらじをこなし、従業員6名という小さな会社ながら役員にも名を連ね、多忙な日々を送っていました。

 

仕事の内容と言えば年間計画を作成し、企画立案から営業、そして経理部門の予算編成や現場管理などで技術部門の専門分野を別にすればほぼ全体に関わっていました。

 

そんな私がある日まさかのリストラ対象に!

 

なぜ!?

 

普段社長はあまり多くを語らず寡黙でこつこつ仕事をこなす人柄でしたが、その時だけは違いました。

 

「とにかく辞めてくれ。俺はもうお前とは仕事ができん」

 

納得のいかない言葉でした。業績はお世辞にもいいとは言えないながら経常利益は出して決算をしたばかり。

 

「どうして辞めなければならないのか?」問いただす私に、社長は「お前のやり方では現場はもちろん、俺がしんどすぎる。もっと楽に仕事がしたいのだ」

 

そう、社長や周りの現場の担当には私のやり方について行けない、それがリストラの理由なのか...。

 

「なんてくだらない人たち。今の時世、そんなことで業績なんか上げる事なんかできるわけないじゃないか」

 

そう強く思いつつもしょせん、小さな個人経営の会社です。私は泣く泣くリストラを受け入れました。

 

  • 非正規の仕事

会社をリストラされ、とにもかくにも新しい仕事を探さなくてはなりません。

 

ハローワークへ足を運び、まずは正社員の仕事に申し込みをするもなしのつぶて。齢50もとうに過ぎていれば正社員の仕事の採用なんて奇跡を願うかのごとくです。

 

20社ほど正社員の仕事を受けまくり、ことごとく不採用の私はもう意を決して非正規の仕事、派遣会社へ登録し、就いた仕事は乳製品製造会社でのフォークリフトの仕事でした。

 

なれない私はミスばかり。幸い扱う品物は製品そのものではなく空箱だったので商品を傷つけるようなことはありませんでしたが、その流れのハードさに身体がまいってしまい、ストレスから口内炎になり、会話もできないくらい舌が膨れたり、味覚障害まで起こす始末。

 

これではどうにもならないと派遣会社の担当に泣きつき、他の会社の仕事を探してもらうようにしました。

 

そして見つけてきてもらった仕事はコンクリート二次製品を扱う製造会社で完成品の検査業務でした。

 

完成品がノギスなど計測機器を使い、正しくマニュアルの寸法通りにできているか、外見に傷などないか、私はこの仕事がおもしろく、興味をもってすることができました。

 

そんな想いのなか、その仕事も1年ほどでなくなってしまい、同じ会社で従事させられたのは違う部門の仕掛品の検査でした。

 

もうまさしく油にまみれてする仕事。私にはとても難しい仕事でした。そして、検査した仕掛品をフォークリフトで落下させてしまい、私は責任を取らされ辞めざるを得なくなりました。

 

  • 妻の病

私には妻がおり、地質調査業の正社員時代に乳がんに罹患し、以来闘病生活を続けています。

 

正社員時代の収入なら問題はなかったですが、非正規の派遣会社のそれは以前の半分程度です。本当に厳しい現実に心が折れそうになることも何度かありました。

 

罹患して今年で10年。まだ薬を投与してもらいながら、定期的なスパンでの検査もしています。

 

この病で本当に大変なのは手術や化学療法ではなく、その後の副作用です。妻の場合、リンパ浮腫という手術し、リンパ節を取ったことにより、腕がバンバンに浮腫んで上にあげることができなくなってしまう病です。

 

そんなことから妻は外での仕事をすることができず、今パソコンを使ったクラウドライティングの仕事をし、子どもの小遣い程度のお金を稼くのがやっと。

 

私の仕事は非正規、妻もまとも働くことができない、私は精神的に追い詰められるようになりました。

 

  • 新しい仕事との出会い

そんな私が「水を得た魚」のようになれた仕事との出会いがありました。

 

その仕事は大手住宅地図出版会社での調査業務。派遣会社を辞めて、就職情報誌で見つけたこの仕事。

 

パート社員としての契約でした。

 

実は大昔、まだ学生時代にほんのちょっとアルバイトとしてやったことのある仕事だったのです。

 

各市町村の住宅地図を更新する際、情報確認をする仕事で足を使い一見一見個人や企業の名前や名称、番地、そして道路形状の変化などを確認し、原稿に直接ボールペンなどで訂正していく仕事です。

 

私は「この仕事、私の天職かも」と思わずつぶやくほど馴染みました。

 

決して給料は高くはありません。でも、働く楽しさ、充実感などは地質調査会社の正社員時代を含めてもこんなに感じたことはなかったのです。

 

「俺が調べて治したものが地図として世の中に出回り、役に立つ」

 

もうまさしく地図に残る仕事です。

 

生きるって何?

 

仕事って何?

 

自問自答するなかでの3年でした。そして、なんとか生きてなんかと仕事にやりがいを感じています。

 

今になって考えてみれば正社員時代はもう突撃あるのみ、状態でした。会社を存続させていくにはどうしたらいいか、そればかりを考え、生きてきた私。

 

会社に裏切られ、リストラされてその先に生き方を見失っていた私には、救いの手としかいいようがありません。

 

昔、あるテレビ局のキャッチコピーに「おもしろまじめ」という文言がありました。

 

私にとってはまさにこれが生きるスタンスの本質に思えるのです。

 

この仕事も早3年を迎えました。職場のスタッフも和気藹々で、なおかつ調査のチェックは手厳しい。

 

私はなんとか生きています、活きています。

 

まさしく第二の人生、まだまだこれから。今から、これから。

 

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